WEKO3
アイテム
音楽評論が立脚する多層性
https://doi.org/10.32150/0002000709
https://doi.org/10.32150/00020007092dc18849-99dd-47cb-b11b-c155a6a929f2
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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| Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||||
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| 公開日 | 2026-01-06 | |||||||
| タイトル | ||||||||
| タイトル | 音楽評論が立脚する多層性 | |||||||
| 言語 | ja | |||||||
| 言語 | ||||||||
| 言語 | jpn | |||||||
| 資源タイプ | ||||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||||
| ID登録 | ||||||||
| ID登録 | 10.32150/0002000709 | |||||||
| ID登録タイプ | JaLC | |||||||
| 著者 |
木村, 貴紀
× 木村, 貴紀
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| 著者別名 | ||||||||
| 姓名 | KIMURA, Takanori | |||||||
| 言語 | en | |||||||
| 抄録 | ||||||||
| 内容記述タイプ | Abstract | |||||||
| 内容記述 | 音楽評論に限らず、文学・演劇・美術など、種々のパフォーマンスに評論が付随的であることは周知の事実だが、そこに公正性が問われることはよく耳にするばかりか、巷間で認知されているとおりである。そしてそこでの「公正性」とは、好みなどという、個人に起因した色をつけずに客観視した意見が求められることでもあるともいわれるが、そもそも主観を基底とした一個人の営みである評論に於いて、評論がどこまで客観性を帯びることが可能なのか、また音楽評論の出自や性格を勘案した時、様々な問題を孕むことに気づかされる。音楽評論のあり方とは、どの角度から捉えるのかによって定義も意味合いもが変わってくるといえるが、価値観が多様化の一途を辿っている現代に於いて、こと音楽に於ける評論の果たし得る役割を追い、そのような時代でいかに音楽評論が硬直化せずにその存在意義を存続させられるのかについて考察する。 | |||||||
| bibliographic_information |
北海道教育大学紀要. 基礎研究編 巻 77, p. 151-160, 発行日 2025-11-28 |
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| ISSN | ||||||||
| 収録物識別子タイプ | EISSN | |||||||
| 収録物識別子 | 2759-6680 | |||||||
| 出版タイプ | ||||||||
| 出版タイプ | VoR | |||||||
| 出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 | |||||||
| その他のタイトル | ||||||||
| その他のタイトル | The Multi-Layered Nature on Which Music Criticism Stands | |||||||
| 言語 | en | |||||||
| 出版者 | ||||||||
| 出版者 | 北海道教育大学 | |||||||